マイカル本牧5番街の復活

 私の住む横浜の本牧エリアは不思議なところだった。横浜の比較的中心部にありながら町の中という雰囲気は比較的希薄で、ちょっと取り残されたようなところがあった。それには理由があったのである。終戦後、広大なエリアを米軍が占領して街を分断しており、それが色々な形で町の発展を妨げていたのだと思われる。それが1980年代になって返還となり、跡地に多くの住宅と中核になる商業ゾーンが建設された。その中心となったのがマイカル本牧だった。
 竣工は1989年だったようだが、本当にろくな店もなかったこの地域の住民にとってマイカル本牧は、まさに天国かあるいは夢のような場所というか、画期的なものであったのは間違いないし、大げさでもない。私のところの子供たちも、今では一人前の大人になってはいるが、何かというとマイカル本牧に遊びに行って帰ってこなかったものだ。年末年始などは、直径10m位はあるんじゃないかと思われる巨大な鍋が広場に持ち出され、それで作った料理が振る舞われたりするのだった。古き良きバブリーな時代だった。今の時代ではちょっと考えられないかも。
 その後、やっぱり不便だったし、その後に出来たみなとみらいに横浜の集客スポットの地位を奪われ、マイカル本牧の凋落が始まった。12番街まであった建物のうち今残っている建物といえば、半分もないほどだ。その中で最もおしゃれだった5番街は何年か前に閉鎖となり、廃墟になりかかっていたのだった。それがいよいよ再オープンというニュースがちょっと前から流れ、付近の人たちはちょっと楽しみにしていたのである。
 先週、いよいよそのオープンの日となり、当家でも母親とカミサンが10時前に出かけていったらしいが、とても入れる状況ではなかったらしく、近所のイトーヨーカ堂(閑散状態)で買い物して帰ったそうだ。でもその代わり、その日の夜に私が帰ってから当然のように出かけていって様子を見たが、建物自体は基本的に元のままだから、見覚えのある雰囲気だったけれど、お店はどうもぴんと来ない。ダイソーや名前を聞いたことのない食品スーパーなど、かなり多くの店は入っているが、なんだか適当に店を集めたという感じ。客を引きつけて売ろうという気概はほとんど感じなかった。毎週火曜日にご近所の奥さん方がうちに集まるのだが、今週はその話題で持ちきり、やはり相当評判が悪かったらしい。ということで、5番街の復活を懐かしむ向きには、早めに一度いっていただくことを薦めたい。
 言い忘れるところだったが、所有者も以前とは変わっており、ベイタウン本牧5番街ということで正確にはマイカルではなくなったらしい。

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ルーキーファーマー

Author:ルーキーファーマー
房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。農業以外には、定年世代の方々に帰農を勧める活動、子供に自然体験をさせること、農業体験を希望する方への協力などを推進していく。この辺りにご興味のある方は当BLOGにコメントなどで参加して下さい。

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