40年間の通勤事情

 1971年に大学を卒業し、サラリーマン生活に突入した。それ以降、1990年代に6年ほど車通勤をしたことがあったが、それ以外の大半は仕事場のある赤坂見附と根岸線の山手駅を往復してきた。少な目にネット30年としても200日/年×往復×40キロ、なんと地球を12周りするくらい通勤電車に乗ってきたことになる。我ながらご苦労なことである。
 しかし、最初に比べるとずいぶん楽になっているように思う。大きいのは横須賀線と東海道線が別の線路を走るようになったことだろう。入社した頃は、7時50分の東京行き湘南電車が時間に間に合うギリギリでこれに乗っていたのだが、勢いをつけなければ乗れないほどの混雑状態だった。いつだか忘れたが、横須賀線が鶴見品川間の貨物線経由となり、別の線路を走るようになってからは、当然のことだが輸送力が大幅に向上した。いつまでも満員電車に乗っていたわけでなく、ある時から京浜東北線で通勤していたと思うが、快速電車の輸送量改善の影響は平行する京浜東北にも及び、少し時間帯を早くするなどによって、人に触れるような混雑は無縁になったのである。さらに歳をとると起きる時間も早くなり、桜木町始発に座って新橋まで行くという楽なパターンも可能となり、最後のかなりの期間はそのスタイルで楽をしてきた。
 平行して東海道線・横須賀線・京浜東北根岸線が走っていることから、帰りについてもいろいろな手段が可能である。今の帰りの定番は、赤坂見附から東京までメトロ丸の内線を使い、東京から東海道線の始発に乗るという方法である。これにより、ポメラを使ってBLOGの記事が書けたりする。この記事もそうやって書いている。
 ただ、普段はいいのだが、何かの時には3本とも止まることも多い。この間の台風の時、多摩川鉄橋がネックだったと思うが、3本とも運転見合わせ。そのときは京浜急行も止まった。4~5時間の品川籠城を余儀なくされたのである。あと、人身事故や列車警報が押されたときも全部止まってしまう。まあ、無理して走った電車に乗って、鉄橋から電車ごと落ちるのもいやだし、止まった電車から降りて平行する電車にハネられるのも困るから、少々の遅延くらいは大目にみた方がよいだろう。
 ということで、あと2ヶ月と少しで通勤という面倒な仕事の一部ともお別れである。そのため、ちょっと振り返ってみた。

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プロフィール

ルーキーファーマー

Author:ルーキーファーマー
房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。農業以外には、定年世代の方々に帰農を勧める活動、子供に自然体験をさせること、農業体験を希望する方への協力などを推進していく。この辺りにご興味のある方は当BLOGにコメントなどで参加して下さい。

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