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私のコンピューター小史(4)仕事への適応

 BASICで汎用プログラムを組んだところまでは書いた。そんなことをやっていたから、所属していた部署でも私は便利な存在になり始めた。そこで、実務への組み込みを進めることになった。所属していたのはいわゆる企画部門で、毎月・毎期に行われる会議の資料作りというのがかなり面倒な定例業務として存在していた。今ならPCでの作業は当たり前なのだが、当時はPC自体がまだ海のものとも山のものとも解らない存在で、資料作りは職人芸の世界だった。グラフなどは、線はロットリングで書いてパターンはスクリーントーンを使い、数字はインスタントれ他を使うなんて言うことが当たり前だった。しかし、当時のPCのプリンターはドットインパクトタイプで、印刷結果はそのまま使えるものではなかったから、最初のうちは自作汎用ソフトで数値処理を行うといったところから導入していった。でも、データそのものは時系列的なものが多いし、全部の支店の数値を一括で処理するなんて言うフェーズも多く、画期的に楽になり時間的余裕も生まれた。この時間的余裕は、さらにいろいろな工夫のための時間となり、どんどん便利に使えるという状況が進み始めた。
 やがて、プリンターの機能向上で資料原稿をそのまま印字して使えたり、グラフテックという会社が出したプロッターという機械でグラフなどを自由に画ける(プログラムは要るけれど)という状況になり、所属していた部署の仕事の進め方は大きく変化していったのである。それに関して思い出すことがある。今では死語になってしまった単語(WYSIWYG)、これは画面で見ているものと出来上がり(印刷結果)が同じというようなことで、現在windows上で使うWordやExcelがそれそのものである。当時はそんな概念すらないといった時代だった。しかし、MSDOS上で独自のWindows環境を作り、みたままの資料作成を可能にするということを実現していたSOFTがあったのである。ダイナウエアという企業が出していたアップシリーズがそれ。ワープロとしてのデスクUPと表計算のチャートUPをメインにするソフトウエアパックで、これの導入で仕事は完全に変わってしまったのである。
 プロッターも道具として画期的だった。会議の資料などで折れ線・棒グラフ、レーダーチャートといったグラフをよく作ったが、確かこのあたりのソフトも自作したはず。もちろん、自作の汎用BASICソフトのデーターを使えるようにしてあったと思う、そんな気の利いたものはなかったから。
 インターネットはすごいもので、この当時使用したアップシリーズというソフトの開発者側(ダイナウェア)の様子を知らせてくれるページを発見した。文中に出てくる藤井さんや竹松さんはあって話したこともある。特に開発責任者だった竹松さんは、ソフトを開発する人に共通の緊張感と輝きを持った人として記憶に残っている。下に関連する部分のみをリンクしたが、全体はPCの歴史を綿密に記録したものであり、関係者にはお勧めしたい。私もこれから読破する。

    第214回 藤井展之とコンピュータグラフィックス

    第215回 竹松昇と魂の兄弟たち

    第216回 アラン・ケイの論文が残したもの

    第218回 PC-100とダイナウェア

    第229回 ダイナデスクとデスクトップパブリッシング

    第230回 マッキントッシュとページメーカー

    第231回 歴史の歯車は回り続ける

               いずれもパソコン創世記(富田倫生)より
               
 こんな具合で、1980年代後半には私の所属する部署はいわゆるOA化先進国となったのである。ソフトを作るという手間は最初に必要になるが、その結果生ずる余裕は毎月毎期の定例業務のたびに生まれてくるものだから、まとめると大きなものとなる。結果として、本来の企画部門としての仕事がいろいろできたのではないかと思い返している。見方によっては、タレント的にどこにでも顔を出すと思われたかもしれないが。(続く)

 
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プロフィール

ルーキーファーマー

Author:ルーキーファーマー
房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。農業以外には、定年世代の方々に帰農を勧める活動、子供に自然体験をさせること、農業体験を希望する方への協力などを推進していく。この辺りにご興味のある方は当BLOGにコメントなどで参加して下さい。

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